在する、本質。

私たちは、日々の場からなにを学び、感じとるべきか。

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人間は最終的にとことんのところ何を欲しているのか。
それは世に理解されることであり世に認められることである。
理解され認められれば、その心ゆたかな自覚を梃子(てこ)として、誰もが勇躍して励む。
それによって社会の活力が増進し誰もがその恵みにあずかる。

谷沢永一(『人間通』)
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仕事の分野を問わず、すべての「場」に、その道の人を育てる専門書や講演会等の資料、「声」や「言葉」があります。周囲の人たちから学んだり、意見を交わしたりしながら、経験知を上げ、自らを育んでいく必要があります。その道・分野(フィールド)を学ぶこと、知ることに前向きであれば、必ず辿りつくだろうキーワードもあります。
自閉症で言うならば、たとえば、「社会性の障害の三つ組」「SST」「TEACCH」「ABA」「手帳」「社会的資源」「親亡き後」・・・一冊二冊、本を開けば、出合う言葉だと思います。

知らない、ということは、恥ずべきことではなく、未知との遭遇と考え、自らへの水やりを怠らないようにしたいもの(反省)。ということを、思いながら、私たちが、私たちの毎日の中で、ほんとうに感じとらなければいけないことは、なにか?

人間が、人間と…児童や大人、多くの異年齢の、さまざまに個性・特長をもった人たちと出逢う場で、活動を通して、人間の育みや喜びを共有・共感しようとする場で、もっともたいせつなことは?

冒頭の作家の言葉にこめられたもの。
とくに、私たちのような場では、つねに胸に置いておく必要があることではないでしょうか。

※複数の職員が、各自の視点で綴っています。


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