無意識の意識

無意識の意識


 

【無意識の意識】

 

「高齢者は必然で老いているだけではないんです。われわれ周囲の社会が老いさせているのだと思い知らされます」

 

 高齢者介護を題材にした「ヘルプマン」という漫画の中で、グループホームの施設長が発した言葉。

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

(中略)「『弱い立場の人をいかに守るか』という、いささか驕った考えを持っていたように思います。(中略)
障害者を「守るべき弱者」と心のどこかで決めつけていた私には衝撃的な出来事でした。 障害者に限らず、困っている人を”弱者”と決めつけてしまうのではなく、例えば「松葉杖をついている友人の荷物を持つ」くらいの気軽さで、”福祉”という言葉を意識せずに助け合う。そんな世の中になれば―なんて思っています」 

 

横浜市社会福祉協議会「福祉よこはま」のリレートークから。

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「障害者は、人目に触れにくいからこそ、日本の健常者は彼らに対する情報が圧倒的に欠落している。リアリティがないんです。 (中略)したがって、障害者のリアルな動向や障害の理由や種別に対して無知なのです。(中略)ほとんどの一般の健常者は、障害をもつ人に対して「なんと声をかけていいやらわからないのです。彼らをかわいそうな「弱者」と定義して、こちらは救済側に身を置くと定義することで、本質的な意識改革が行われてこなかったのが、戦後日本の60年だと思うんです」

 

 子どもの脳障害を起点に起業し、各種の障害者支援プロジェクトを実践している親の言葉から。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 「人が、人に」「人と、人とが」・・・毎日、無数の関わり合いの中で、社会の暮らしが成り立っています。私たちは、それぞれの個性・特性をもつ一個の人間として、様々な場所で、様々な時間を重ねながら、様々な年代の人たちと関わり、お互いに助けたり、助られたりしながら、生きています。

 

 社会に生き、暮らす中で、「助ける」「助けられる」関係は、つねにどちらか一方の側に居るわけではなく、大概はその時々で“スイッチング”しています。特になにかをしてもらうというより、相手の存在自身に「支えられ」生きている、ということもあるでしょう。それは、ものづくりも、○○サービスも、町内活動も、家族の営みも同じはずです。

 

 日々の社会活動の中に「福祉」や「障害」を置いて、自らの関わり方や言動を省みることは、自分がどの分野に属するかを問わず、人と人との関わり合いの根っこにあるもの、人の喜びや可能性への言質を再考することにもなるのかもしれません。

※くまさん横浜のブログは、複数の職員が活動を通して各自の視点で綴っています。


※くまさん横浜では、児童の写真は保護者の許可を得て掲載しております。
当ページで使用している写真の無断コピー/使用はご遠慮ください。